2019年12月21日
Sleeping Beauty の渡辺千尋です
次女も3歳になる時にバレエを習い始めたので、私は役員を免れる事はありませんでした。
長女が小学校6年生,次女が3年生の時の私は実父、母の介護の為、3年以上勤めていたパートを辞めていました。
その頃はマンションに住んでおり、父と母は別居をしていたので父宅、母宅と自宅の3箇所を行き来して、お義母さんに用事がある時には渡邊の両親の家(今の自宅がある場所)へ行って4箇所をぐるぐるしていました。
娘達のバレエのレッスンはほぼ毎日どっちかが通っていて車で送迎していました。
私は毎日のスケジュールが分刻みでした。
なので、役員をしていないママ達は自宅に居られる時間が長いので家事ができるから羨ましかったです。
バレエはお稽古代が高く、発表会は月謝とは別に請求がくるので、2人出演するとなると大金が必要でした。
バレエの為にパートをしていましたが、介護の為に辞めたのでその年の発表会代は実父が出してくれました。
その年の演目が
『Sleeping Beauty 』
(眠れる森の美女)
でした。
娘達2人が一緒に幕物に出演した最後の発表会で、
長女はこの発表会を最後にバレエを辞めました。
私にとっては特別な演目です。
そしてその年に今住んでいる家を建ててサロン用の部屋を作ってもらい、年末に引越しました。
実は父が発表会の3日前に亡くなったのです。
父はよく「Mちゃん(長女)が大学に入学するまで仕事を頑張りたい」と言ってました。
父が亡くなった時まだ長女は小学6年生。
中学へ入学する姿も見ずに旅立ちました。
そう、この年は本当に色々な事があった年でした。
私はバレエを見るのは大好き
そして、チャイコフスキーの曲、眠れる森の美女を聞くのも大好きです(中学生時代は吹奏楽部でしたからね)
諦めの悪い私は文句ばかり言っていましたが、11年も娘と通い続けたのは一生懸命練習する姿を見て私が娘のそばに一緒に居たかったから。
娘が愛おしいくてたまらないから。
きっと父も同じ想いを持っていたでしょう。
その事を常に忘れなければ一時的な感情に持っていかれて文句ばっかり言わなくて済んだかもしれません。
残念ながら、その時の私は大切な事を忘れていましたけど、時が経つと自分のインナーチャイルドが癒されていた事に気付きます。
もう嫌だ、役員も衣装もやりたくないと思いながら、
11年間も続けている間に
[私は母にずーっと自分の側にいてほしかった。
手先の器用な母にバレエの衣装を作って欲しかった]
と後から気付き
それを自分が娘にやる事で娘の存在が私を癒してくれていました。
そう、あんなに嫌だったバレエの役員も会長も今の自分にとっては貴重な経験、今ならもっと楽しく簡単にできる気がします。
今を、この瞬間を、大切に生きる事ができれば、人生は輝きだします。
あなたが本当に望んでいる事、大切にしたい事は何ですか?
自分の中ではっきりさせて人生を歩んで行きましょう。
私が貴女を貴女の眠れる森にご案内いたします。
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